悟りプレイ

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悟りプレイ

捨てる、辞める、省くブログ

記事の誤りに気付いても指摘なんてしない方がいい

記事の誤りは無視した方がいい

誤りに遭遇したときの選択肢は

  1. 管理者に連絡する
  2. 無視する

の2つ。管理者に連絡して管理者にその気があれば修正してもらえる。修正してもらえれば誤りがなくなった分修正前より記事の質が上がる。以後の読者は質の高い記事を読めて世のため人のためってもんだ。

ただしあなたは記事の質が上がっても何も得しない。誤りを誤りと気付けるほどの知識を持っていて、記事が誤っていても問題にならないから。つまり完全に他人のための作業ということになる。

町のゴミ拾いでさえ「気持ちよくこの道を通れる」という得があるのに、記事の誤りが修正されても同じ記事を何度も読むわけではないから、本当に何も得られない。その上誤字脱字が修正されても命を救われたり病気が治ったりという劇的な変化があるわけじゃない。ほんの少し記事が読みやすくなるだけ。あなたがわざわざ貴重な時間を使ってやるほどのことじゃない。

まだその分長く寝て体力を回復して翌日元気に活動するとか、そういうことに時間を使った方が世のためあなたのため。

誤り指摘は趣味か?

私がブログをやっているのだって、今のところ広告を貼っているわけでもないから私は何も得していない。それどころかはてなブログProという有料サービスを利用しているから、毎月600円ペースで損している。

けどこれは私の趣味だから別にいい。ブログをやるのが楽しいし、それをもっと楽しくやるために毎月600円払ってる。金額にも納得している。

さて、では誤り指摘は楽しいだろうか。誤り指摘が楽しいです!趣味です!って言うのならそりゃ悪かった。こんな記事のことは忘れて今後も楽しく誤り指摘を続けてほしい。

でも多分「誤り指摘が趣味です!」という人はほとんどいない。そこに誤りがあったから、特に深く意識することもなく管理者に連絡しただけ。こういう人が誤り指摘をするのは損でしかない。

当ブログにコメント欄がない理由

当ブログには気軽な連絡手段がない。だから気軽に誤りを指摘できない。

一応TwitterなどのSNSアカウントを使えばコメントできる。けど名前付きの誤り指摘というのは心理的にやりづらい。「そんな下らんことでうるせぇな」と言われる可能性があるから、指摘するなら名前を伏せたいのが人情だ。だからコメント欄はないのにSNSボタンは設置してある。

SNSアカウントで誤り指摘してくるなら、誤り指摘が趣味の奇特な人だろうから、有り難く指摘を受け取っておく。その人は誤り指摘を楽しめて、私は記事の質が上がってお互い幸せ。有り難いと言ってもふりかけのゴマが1粒増えたくらいだけど。

あなたには気持ちよく記事を読んでもらって、気持ちよく次の記事に移動するか、帰ってもらいたい。個人ブログへの匿名コメントなんて時間の無駄にしかならないから、あなたにそんな時間の使い方をしてほしくない。それが当ブログにコメント欄がない理由。

まとめ

「そういう状況に遭遇して、無意識のうちに動いてしまった」という好例。無意識のうちに時間を無駄にしてしまうんだから困ったもんだ。

無視するのに慣れるまでは、無視する度にちょっとむずむずするかもしれない。けどそれは時間を無駄にせずに済んだということなので、しばらくすると快感に変わる。どんどん無視しよう。