悟りプレイ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悟りプレイ

捨てる、辞める、省くブログ

「誰が悪いか」はとりあえず置いておいた方が幸せになれる

「誰が悪いか?」は状況改善に役立たない

事態が悪化したとき、それを改善する人を決めるために「誰が悪いか?」を考える。事態を悪化させた人が悪いのだから、そいつが改善するのが筋ってもんだろ。

確かに事態を悪化させた奴が悪い。他の人は悪くない。他の人が「事態を改善する」なんて面倒を負うのはおかしいし、腹の虫も収まらない。

それはそうなんだけど、「悪い人」に事態を改善する能力があるかというと、それまた無理な話だ。頭おかしい相手が止血して救急車を呼んでくれたら苦労しない。現場から逃げていたり、場合によっては死んでいたりもする。

だから腹の虫は大騒ぎ、脳みそも煮えくり返っているだろうけど、一度冷静になってとりあえず改善できる人が改善した方が状況がまともになりやすい。

事件の場合

悪い人が救急車を呼んでくれるわけがない。まだ犬や猫にでも頼んだ方がマシ。

事故の場合

悪い人は間違いなく混乱している。「私は悪くない悪くない悪くない…」とか「どうしようどうしよう大変なことをしてしまった…」とか。突然悪い人になったから頭が追いつかないんだよね。わかるよ。うん。いいから早く救急車を呼んでよ。

混乱している人に常識的な対処を求めるのが間違い。さっさと自分で救急車を呼んだ方がいい。混乱した相手に下手に動かれると事態が更に悪化するおそれがあるので、相手の混乱具合が酷い場合は黙らせた方がいいかもしれない。

怒っている間、作業が止まっている

「相手が悪い!」と怒っている間は、怒るという作業に夢中で本来進めるべき作業が止まってしまう。誰が悪いかはさておき、さっさと本来の作業を進められる状況に戻らなければならない。お客さんに「あいつのせいで間に合いませんでした」と説明しても「間に合わずお客さんを困らせた」という事実は変わらない。

だからひとまず置いておく。悪いのはあいつであり泣き寝入りになってしまうとしても、現実問題作業が進まず困るのは自分だから仕方ない。

いじめられたらさっさと逃げよう

いじめで悪いのはいじめる側だろ! なんでいじめられる側が逃げなきゃいけないんだ! と意地になってその場にしがみついてもいじめは終わらない。損害が増えるだけだ。

悪いのはいじめる側で、懲らしめることもできないまま一方的に逃げることになるけど、それで幸せになれるならさっさと逃げた方がいい。悪い奴にこれ以上時間を掛けても何も得られないでしょ。悔しさで我を忘れて大損するなんて賢くない。

そもそも悪い奴を懲らしめたところで幸せになれる保証はないんだ。小説なんかでよくいるでしょ。復讐を果たして空しさを感じる人。だからさっさと逃げて忘れちゃおう。悪い奴なんていなかった。

まとめ

私は過去に悪い奴のせいで大損害を被ったことがある。あいつがいなければ今頃もっといい人生を送れていたかもしれない。けど謝れとか償えなどと言わずに逃げることにした。謝ったり償ったりしてもらえるとは思えなかったし、これ以上損害が大きくなっても困るのは私だったから。

誰が悪いかはとりあえず置いておこう。人間の足は逃げるために付いているんだから、有効活用してさっさと逃げよう。