悟りプレイ

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捨てる、辞める、省くブログ

同性愛者がキモいとかどうとか、そんなの放っておけばいいのにね

あなたは同性愛者? 異性愛者?

「同性愛者」は「同性を愛する人」。辞書にもそんなふうに書いてあるんじゃないかな。ただしここには落とし穴があって「異性を愛せない人」ではない。

あなたの愛する人が同性なら、同性愛者ではある。けど異性を愛せないかは不明。たまたま愛せる異性と出会わなかっただけかもしれない。

あなたの愛する人が異性でも、あなたが同性愛者でないとは言い切れない。たまたま愛せる同性と出会わなかっただけかもしれない。

人間って結構適当にできていて「~でしか~できない」ってことはほとんどない。「~でも~できちゃった(テヘッ)」ってことがよくある。「嫌いなはずのものを食べてみたら美味しかった」とかね。そもそも人間ってサルからちょっと毛が抜けた程度の生物だからね。機械ほどガチガチにできていないんだよ。

さて、前置きが長くなったけど本題に入るよ。

同性愛が世の中を良くする仕組み

まず始めに、私は「同性愛には賛成、というかどうでもいいじゃん放っておこうよ」という立場。賛成の理由は「同性愛カップルを放っておけば、勝手に世の中が良くなるから」。

人間というのは群れたがる生き物で、群れると大きな仕事ができるようになる。協力してマンモスを狩って発展してきたわけ。あれ一人だったら踏みつぶされて終わりだからね。現代でマンモスがどうとかってことはないけど、基本的に愛する人と一緒にいれば幸せに暮らせるよね。これは一人ではできない大きな仕事と言える。

で、幸せに暮らす人は社会に感謝する。「幸せに暮らせる社会は有り難い」ってね。そしてそれを維持する方向で頑張る。それで社会に対してプラスに作用する。別にボランティアとかそういうんじゃなくてね。問題を起こさず普通に働いて、普通に税金を払って、普通に買い物するってだけ。

逆に幸せに暮らせていない人は社会に感謝なんてしない。「私が不幸なのは社会が悪い!死ね!」「あーイライラする!事件を起こしてスッキリしよう!」ってなって社会を破壊する方を頑張る。これは当然社会にとってマイナス。

つまり幸せな人を量産した方が社会はよくなる。同性愛者は同性愛者同士勝手にくっついてくれれば、幸せな人が生産されて、それで社会がよくなる。逆に「同性愛を認めるべきではない!キモい!」ってやると、満たされない同性愛者が不幸になって、イライラして、事件を起こして社会を悪くする。

同性愛カップルが増えても、あなたは別に困らない

もしあなたの同性愛反対の理由が「自分に影響があるから」なら、それは多分違うから安心していいと思うよ。

あなたが同性愛者になる必要はない

同性愛者が求めているのは「自分たちの関係を認めてもらうこと」であって「あなたに同性愛者になってもらうこと」じゃない。

あなたは異性愛者のままでいいし、誰も愛さなくてもいい。私も「今からこの人を愛してください」なんて言われたら「え、ちょっと、えぇ?」ってなるよ。

同性愛を禁止しても、異性愛者の異性は増えない

「同性愛禁止法」的な何かができたとしても同性愛者は同性愛者のままだよ。好きなものはどうしようもない。ルールによって異性愛者に変換されるわけじゃないから隠れて同性愛するだけ。だから同性愛を禁止しても、あなたの「パートナーの選択肢」は増えない。

あー。一応「誰かに頼らないと生きていけない異性」は仕方なくあなたとくっつくかもしれないけど、それは恋愛とは違う何かだと思うよ。

あなたの前でいちゃつくわけじゃない

目の前で同性同士でいちゃつかれたら気分が悪くなると思う。抱きついたりキスしたり、ちょっと勘弁してよ気持ち悪い。

けどそれは同性だからではないよね。異性同士でいちゃつかれてもやっぱり気分が悪くなるよね。ホテルとかそういう見えないところでやってほしいよね。

で、多くのカップルは普通にわきまえてそういう見えないところでいちゃついているよね。同性異性関係なくさ。同性愛カップルも見えないところでいちゃつくだけだから、あなたの目の前でいちゃつくことはないと思うよ。だから安心して。

寛容な社会で事故に備える

最初に「「~でしか~できない」というわけではない」と話したとおり、私もあなたも、これからうっかり同性愛に目覚める可能性がある。そうしたとき、同性愛反対の社会だと辛い人生になる。それなら同性愛に寛容な社会の方がいいんじゃないかな。

現代社会は「障害を負ってもちょと不便なだけでまぁ生きていける社会」だから安心して危険な仕事にも挑める。これが「障害を負ったら完全に再起不能、もう死ぬしかない社会」だったら怖くて危険な仕事なんてできやしない。

これの恋愛版。「ちょっと踏み外しても即死するわけではない社会」の方が安心して暮らせると思うよ。将来何があるか分からないしね。

どうしても無理なら、逃げちゃおう

理屈じゃなくて異質な存在が無理! というのはあると思う。そりゃ仕方ない。そういう場合は「同性愛議論の場」からさっさと逃げるのがいいと思う。

同性愛軍の侵攻はこれからも進むだろうけど、そんなに猛スピードで世界中を支配するって事はないと思う。数十年は安泰じゃないかな。だから特に生活に影響しなければ、同性愛者なんてものがいること自体ぱーっと忘れて、自分の人生を楽しむのが得策。

同性愛議論が決着しても、ローンが消滅したり病気が治ったり年収が倍になったりするわけじゃない。身近に過激な同性愛者がいて死ぬほど困ってますってワケじゃないでしょ。当事者以外にとっては趣味の暇つぶしなんだよこの議論。わざわざ他人の家に上がり込んで騒がずにさ、自分の家で平和に暮らそうよ。

まとめ

自分が同性愛しなきゃいけないわけじゃないし、気にしないだけで勝手に幸せになって勝手に社会を良くしてくれる上に、万一自分が同性愛に目覚めたときも安心な社会になるというのに、なぜ熱心に反対するかな。

「まだ同性愛には厳しい現代社会で、我が子には異性愛者であってほしい」ならわかるんだけどさ。それなら「私も認められてほしいけど、厳しいと思う」であって「同性愛無理! キモい!」じゃないんだよなぁ。謎。同性愛に親でも殺されたのかな。

自分に直接大きな影響がないことは気にしない。そんな簡単なことで、心穏やかに暮らせるようになるよ。