悟りプレイ

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捨てる、辞める、省くブログ

潔癖の治し方

少々の不潔では人は死なないから気にしない

ご飯に髪の毛が1本混入したとしよう。汚いね。うん。汚い。ではこのご飯を髪の毛に気付かずに一緒に食べた場合、あなたは死んだり体調を崩したりするだろうか。多分死なないし、体調を崩すこともない。そりゃまぁ100%ではないけどさ。

これが潔癖症から脱する考え方。「命や生活に大きく関わらない細かいこと」を気にしないことにすれば潔癖症は消えてなくなる。そりゃ汚いよりはきれいな方がいい。けど汚くても致命的ではない。「清潔」は「マシ」なだけ。だから気にしない。

潔癖症は意識が清潔に集中している状態と言える。清潔に集中している分、他が疎かになる。「仕事で使うパソコンの汚れが気になって仕事が進まない」とかね。それが仕事・家事・趣味などあらゆる場面で起こり、損失は多分とても大きい。一方で徹底的にきれいにしたところで、元々健康に生きるのに支障がない程度の汚れなのだから、それほど利益はない。清潔なんて集中してやるほどの価値はないというワケ。

清潔は専門家に任せよう

蛇口をひねればそのまま飲める水が出る。日本の水道システムは素晴らしい。その水道水をわざわざ独自に洗浄してから飲んでいる人は少ないと思う。けど日本の平均寿命は世界トップレベル。つまり水道水はそれほど寿命に影響しない。

そのまま飲める水道水が蛇口をひねるだけで簡単に入手できるのは、水道関係の専門家の皆さんが日々頑張ってくれているおかげだ。

一般に出回っている商品も水道水と同じ。役人さんや業者さんのおかげで「食べると死ぬようなものが店頭に並んでそれをあなたが買っちゃう確率」は無視できるほど低くなっている。食べたいものを深く考えずにカゴに入れてもいい。

専門家の皆さんが頑張ってくれているんだから、私たち客はその頑張りを信頼して、深く考えずにおいしく食べるのがいいんじゃないかな。

不潔と後悔の関係

私はこんな感じで細かい汚れを気にしていないから、不潔が原因で死ぬ確率は潔癖症の人よりいくらか高いと思う。無視できるくらいの確率だと思っているから無視しているけど、低確率でも誰かには当たる。それが私でしたってこともまぁあり得る。

けど将来血を吐いて倒れたとき「あぁあのときちょっと汚れた皿に盛って食べたのが今頃になって…」などとは考えないと思う。「うげー痛い!苦しい!死んじゃう!ウッ…」で死ぬんじゃないかな。

病気になったときや死ぬ間際に「不潔が原因だ」とわからなければ、不潔を後悔することはない。後悔は原因に心当たりがあって初めてするものだから。「何か知らんけど病気になった、運が悪かった」なら後悔しない。不潔が後悔の原因にならないんだから、やっぱり不潔なんて気にしなくていいと思うよ。

まとめ

人間にとって最も大切なのは「幸せ」であって「清潔」じゃない。清潔を追求するあまり幸せを感じられなくなるくらいなら、清潔なんて捨ててしまった方がいい。

「気にする」はタダじゃない。多大な費用が掛かる。だからそれなりの見返りを期待できないことを気にしていると、どんどん気が病んでいくよ。やめようよそんなの。