悟りプレイ

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悟りプレイ

捨てる、辞める、省くブログ

得体の知れない宗教が何となくわかった気になれる考え方

宗教とは「そういうことにしておくこと」

宗教は「特に根拠はないけど、そうしておいた方が都合がいいから、そういうことにしておくこと」と考えるとしっくりくる。

「いい人は死んだら天国に、悪い人は地獄に行く」という宗教は、誰も死後の事なんてわからないんだから根拠はないけど、広く信仰されている。

あの宗教が信じられているのは、そういうことにしておくと都合がいいから。いい人には幸せに、悪い人には不幸になってほしい。それが理想だけど現実はそうなっていない。いい人でも不幸になるし悪い人でも幸せになる。

けど死後神様仏様が生前の行いを適切に評価して天国や地獄に割り振ってくれる。それなら生前の不公平はまぁ見逃してやれる。そういう意味であの宗教は都合がいい。

宗教はなぜ気持ち悪いのか

基本的に人間は理屈で物事を考えたい。理屈が通ればすっきりして気持ちがいい。だから納得できる根拠のある説を信じたいし、ない説は否定したい。

その真逆を行くのが宗教だから、そりゃ気持ち悪いさ。何の根拠もないのに信じている人や信じられているものは、その宗教を信じていない人からしたら不気味以外の何物でもない。

「宗教上の理由」で片付く理由

「あ、これは宗教上の理由です」と言えば大抵の奇行は諦めてもらえる。根拠のない説を正しいということにしている相手を理屈で説得するのは不可能だから。

だから「今後この件については触れない」という扱いになる。相手からの評価は下がるだろうけど、宗教だし仕方ない。

宗教を便利に使う

宗教には「物事をスムーズに進める」「心の平穏を保つ」といった効果がある。意識して使えれば大分生きやすくなる。

物事をスムーズに進める

根拠を集める手間が省けるからその分物事がスムーズに進む。根拠なく決めるから正しくない判断になってしまうこともあるけど、根拠を集めている間にタイミングを逃してしまったり、集めても結局正しくない判断になってしまうこともある。そもそも宗教に正しさは求めていない。命や大金が関わらなければ、適当なところで宗教で済ませてもあまり困らないんじゃないかな。

心の平穏を保つ

最初の例のように、そういうことにしておけば心穏やかに過ごせる事は、そういうことにしておけばいい。真実を追究したところで幸せになれるとは限らないし。

まとめ

これだけ世界中で様々な宗教が信仰されていて、それでも地球は相変わらず回っているのだから、多分徹底的に真実を追究する必要なんてないんだと思う。重要でない部分は、都合のいい方なんだろうということにして、気持ちよく過ごしていいんだよ。多分。